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東京地方裁判所 昭和17年(レ)157号 判決

控訴人のその余の請求(別紙目録<省略>の家屋について被控訴人が東京司法事務局昭和十五年四月二十二日受付第四九〇五号を以てした所有権取得登記の抹消登記手続をすべきことを求める請求)を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

二、事  実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対し東京民事地方裁判所昭和十五年(レ)第五〇一号家屋明渡請求控訴事件の判決にもとづいて別紙目録の家屋の明渡を求める強制執行は、これを許さない。被控訴人は控訴人に対し、金二百円及びこれに対する昭和十六年十二月二十一日から完済まで年五分の割合による金員を支払うべし。被控訴人は控訴人に対し、別紙目録の家屋について、東京司法事務局世田谷出張所昭和十五年四月二十二日受付第四九〇五号を以てした所有権取得登記の抹消登記手続をなすべし。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、また被控訴人主張に対して、次のとおり述べた。

本件被控訴人が被控訴人(一審原告)の、本件控訴人が控訴人(一審被告)たる東京民事地方裁判所昭和十五年(レ)第五〇一号家屋明渡請求控訴事件について、同裁判所は昭和十六年六月六日口頭弁論を終結して、同年八月三十日、本件控訴人が本件被控訴人に対し、別紙目録の家屋を明渡し、かつ昭和十五年四月二十三日から明渡済まで一カ月金二十円の割合による金員(明渡遅延による損害金)を支払うべき旨の判決を言渡し、その判決は昭和十六年十一月二十一日確定した。

しかし被控訴人が右債務名義にもとづいて、控訴人に対し右家屋の明渡を求める強制執行をすることは、次に挙げる理由からして、許すべからざることである。

一、本件家屋の真実の所有権者は控訴人であつて、被控訴人ではない。控訴人は所有権にもとづいて、本件家屋を占有しているのである。

(一)  控訴人は昭和九年十一月十八日訴外片岡けんから本件家屋を買い受けて所有権を取得し、その後現在まで所有権を失つたことはない。本件家屋について、登記簿上、昭和九年十二月二十六日受付第一六〇二二号を以て控訴人の五男種谷清三名義の所有権保存登記がなされているが、これは当時控訴人が負担していた債務を処理するうえに、債権者の追求を免がれるため、当時未成年者であつた清三の名義を用いて本件家屋の所有権保存登記を申請した結果である。控訴人が清三に本件家屋の所有権を与えたことはなく、従つて清三は登記簿上所有名義人とされていても、真実の所有権者ではなかつたのである。

しかるにその後、清三が負つていた債務担保のため本件家屋に抵当権が設定され、その抵当権実行による競売が行われて、昭和十四年七月二十五日金鐘和、谷向喜一郎両名がこれを競落し、昭和十五年四月四日受付で右両名のため所有権取得登記がなされ、更に昭和十五年四月二十二日受付で被控訴人のため同月十二日附売買による所有権取得登記がなされている。しかし清三は元来本件家屋の所有権をもつていなかつたのであるから、無権利者たる清三から本件家屋所有権を取得できるわけはなく、その後その所有権を譲受けたとされている者は、すべて有効に本件家屋の所有権を取得したことにならず、所有権はいぜんとして控訴人にあつたのである。

(二)  然らずとして、控訴人が片岡から本件家屋を買い受けた後、清三名義でその所有権保存登記をしたことから、控訴人が清三にその所有権を与えたと認めるべきであるとしても、控訴人は昭和十三年五月二十日、当時成年に達した清三から本件家屋の贈与を受けて、所有権を取得した。さればその後清三が、更に第三者に有効に本件家屋の所有権を譲渡することができるわけはなく、登記簿上その後の取得原因にもとづいて本件家屋の所有権の譲渡を受けたとされている者は、すべて実体上無権利者たるにすぎない。

(三)  右(一)、(二)の主張が理由なしとしても、控訴人は次のとおり時効によつて本件家屋の所有権を取得した。即ち控訴人は、(イ)片岡けんから昭和九年十二月二日に本件家屋の現実の引渡を受け、その後十年間、(ロ)又は清三から昭和十三年五月二十日に本件家屋の贈与引渡を受け、その後十年間、(ハ)又は本件債務名義たる判決確定の日である昭和十六年十一月二十一日の翌日から十年間、いずれも所有の意思を以て、平穏公然、善意にして過失なく、本件家屋に居住し、これを占有し続けた。この間いずれも時効が中断されたとみるべき事実はない。されば控訴人は、(イ)昭和十九年十二月二日、(ロ)昭和二十三年五月二十日、(ハ)昭和二十六年十一月二十一日のいずれかの時に、時効によつて本件家屋の所有権を取得したことになる。控訴人が現に本件家屋に居住しているのは、所有権にもとづくものであるから、如何なる理由があるにせよ、被控訴人がその明渡を求めることはできない。

二、右の主張がいずれも理由なく、控訴人が本件家屋の所有権者でないとしても、被控訴人もまた本件家屋の所有権を取得したことはなかつた。即ち、控訴人と片岡けんは昭和九年十一月十八日本件家屋の売買契約をしたが、右につき未だ所有権移転の意思表示はない。してみると、本件家屋の所有権は、右売買契約のみによつては控訴人に移転せず、従つてその保存登記名義人たる清三にも移転すべき理由がなく、本件家屋はなお片岡けんの所有に属する、としなければならない。されば清三が本件家屋の所有権を第三者に譲渡することはできなかつたのであり、登記簿上その後に所有権の譲渡を受けたとされている被控訴人も、真実本件家屋の所有権を取得したことはなく、所有権者なりとして控訴人にその明渡を求めることはできないのである。

三、仮りに被控訴人が売買により有効に本件家屋所有権を得たとしても、被控訴人は本件債務名義たる前記判決にもとづく本件家屋明渡請求権を、右判決が確定した昭和十六年十一月二十一日から十年間控訴人に対して行使しなかつたのであるから、右請求権は時効によつて消滅し、もはや被控訴人は控訴人に対し本件債務名義にもとづいて本件家屋の明渡を求めることはできない。

四、更に被控訴人は、昭和二十三年二月三日本件家屋を訴外中村里枝に売渡し、所有権移転登記を経たから、控訴人に対し本件家屋明渡を求める実体上の権利を失つた。されば被控訴人が本件債務名義にもとづいて、控訴人に対し本件家屋明渡の強制執行をすることはもはや許されないのである。

以上のとおり、いずれの点からしても、被控訴人は控訴人に対し、本件債務名義にもとづいて本件家屋の明渡を求めることができないのであるから、その執行力の排除を求める。

本件債務名義たる確定判決の原本が滅失したとしても、被控訴人はその滅失前、執行力ある正本数通の付与を受けたおそれがあり、これによつて執行を受けるおそれがある限り、控訴人は本件債務名義の執行力の排除を求めて、その危険を免れる必要があるから、訴の利益なしということはできない。

次に金二百円の請求について。

被控訴人は本件債務名義(本件家屋明渡遅延による損害金の支払を命じた部分)にもとづく執行として、控訴人の東京供託局長に対して有する東京供託局昭和十六年(金)第一三七〇四号供託金二百円の取戻請求権を差押え、かつ昭和十六年十二月二十日支払に換え券面額でその転付を受けた。この執行行為は、形式上適法であつても、さきに述べたとおり、被控訴人は控訴人に対し本件債務名義にもとづいて本件家屋の明渡を求めることができなかつたのであるから、明渡遅延による損害金請求権も発生するわけがなく、実質上の権利にもとづかない不当な執行たるを免れない。されば被控訴人が得た右転付金二百円は、不当利得として、控訴人に返還さるべきものである。よつて右転付金二百円とこれに対する取得の日の翌日たる昭和十六年十二月二十一日から完済まで年五分の民事法定利率による遅延損害金の支払を求める。

次に抹消登記手続の請求について。

第一に、本件家屋について控訴人の五男種谷清三名義で所有権保存登記がなされたが、片岡けんから本件家屋を買い受けて所有権者となつた控訴人が、清三にその所有権を譲渡したことがないことさきに述べたとおりであるから、無権利者たる清三名義の右保存登記は、実体上の権利関係に符合しない無効の登記であり、従つてまたその後の本件家屋の所有権移転登記もすべて無効である。そして真実の所有権者たる控訴人は、右無効な諸登記の抹消を求めることができるわけである。第二に、仮りに控訴人が清三に本件家屋所有権を譲渡したとしても、さきに述べたように、控訴人は昭和十三年五月二十日清三から本件家屋の贈与を受けて、再びその所有権を取得したのであり、従つて清三はその後本件家屋所有権を有効に第三者に移転することはできなかつたのである。さればその後になされた本件家屋の所有権取得登記は、すべて実体上の権利関係に符合しない無効の登記というべく、真実の権利者たる控訴人はその抹消を求めることができるのである。第三に、仮りに右第一、第二の主張は理由がないとしても、控訴人はさきに述べたように、すでに時効によつて本件家屋の所有権を取得したので、その効力は時効期間の起算日に遡り、その後にされた本件家屋所有権の移転行為はすべて効力を失うことになる。されば控訴人は、右無効となつた行為に基く本件家屋所有権の取得登記の抹消を求めることができるのである。第四に、さきに述べたように、仮りに片岡けんが現に本件家屋の所有権者であるとすれば、控訴人は片岡との間の前記売買契約にもとづいて、片岡に対し所有権の移転登記を求めることができるわけであり、また真の所有権者たる片岡は、本件家屋に関し、真実の権利関係と符合しないすべての登記を、無効な登記として、抹消を求めることができるのである。そして控訴人は、片岡に対する右登記請求権を保全するため、片岡に代位して、右の無効な登記の抹消を求めることができるのである。

以上のとおり、いずれにせよ控訴人は、本件家屋の所有権登記名義人となるために、右の無効な登記の抹消を求めることができるのであるがそのためまず、被控訴人に対し、請求の趣旨に掲げた所有取得登記の抹消登記手続をなすべきことを求める。(右の最後の場合は片岡の権利を代位行使して。)

なお、被控訴人主張の頃、本件家屋の一部について明渡の強制執行を受けたことはあるが、それが本件債務名義にもとづくものであつたかどうかは知らない。

かように述べた。<立証省略>

被控訴人代理人は主文第一、二項と同旨の判決を求め、次のとおり答弁した。

控訴人と被控訴人との間に控訴人主張のような債務名義があつたこと、本件家屋について、控訴人の五男種谷清三名義の所有権保存登記があること、また控訴人が控訴人主張のとおり売買による所有権取得登記を経たこと、控訴人主張の日に被控訴人が本件家屋を中村里枝に売渡し、所有権移転登記をしたこと、被控訴人が本件債務名義(明渡遅延による損害金の支払を命じた部分)にもとづく執行として、控訴人主張の供託金二百円の取戻請求権を差押え、これについて控訴人主張の日に転付命令を得たこと、控訴人が現に本件家屋を占有していることは認めるが、その余の控訴人主張の事実はすべて争う。控訴人の請求はいずれも不当である。

まず、本件債務名義中家屋明渡を命じた部分の執行力の排除を求める点について。

本件債務名義たる東京民事地方裁判所昭和十五年(レ)第五〇一号事件の判決原本は、昭和二十年五月中戦災によつて記録とともに焼失し、また被控訴人が付与を受けた執行力ある正本も、全部、その提出先たる執行吏役場において戦災で焼失してしまつた。従つて被控訴人が控訴人に対し右債務名義にもとづいて強制執行をすることは、もはや不可能であり、その執行力の排除を求める実益は少しもない。のみならず、被控訴人はすでに本件家屋を中村里枝に売渡し、所有権移転登記を終えたのであるから、現に本件家屋の所有権者でない被控訴人を相手方として、本件債務名義の執行力の排除を求めることは、無益である。いずれにせよ、本件債務名義中家屋明渡を命じた部分の執行力の排除を求める控訴人の請求は理由がない。

のみならず、控訴人は現に本件家屋の所有権者なりとしていろいろ理由を挙げるが、すべて不当である。第一に、本件債務名義たる東京民事地方裁判所昭和十五年(レ)第五〇一号事件の判決は、被控訴人が控訴人に対し所有権にもとづいて本件家屋の明渡を求めたに対し、これを容れて、控訴人にその明渡を命じたのであるから、その最終口頭弁論期日であつた昭和十六年六月六日以後に生じた事由でなければ、請求異議の理由として、本件家屋所有権が控訴人にありという主張をすることは許されない。第二に、もと控訴人が片岡けんから本件家屋を買い受け、所有権を取得したものとしても、控訴人はその五男清三の親権者として、清三名義で本件家屋の所有権保存登記をし、また清三名義でこれに抵当権を設定してその旨の登記をしているのであるから、控訴人は清三に本件家屋所有権を譲渡したものとみるべきである。控訴人のいうことは虚構の事実にすぎない。仮りにその後控訴人のいうように、控訴人が更に清三から本件家屋の贈与を受けたとしても、その旨の登記がないから、その後売買によつて本件家屋の所有権を取得し、その登記を経た被控訴人に対抗することはできないのである。第三に、控訴人主張の各時期から本件家屋所有権の取得時効が進行したとしても、前記家屋明渡請求訴訟事件で控訴人が被控訴人からその明渡を求められたことによつて時効が中断され、更に被控訴人はその第一審の仮執行宣言つき勝訴判決にもとづいて、昭和十六年中に本件家屋明渡の強制執行に着手した。即ち、被控訴人の委任した東京地方裁判所執行吏は、控訴人に対する本件家屋明渡の強制執行のため、本件家屋に臨んでその一部明渡の執行に着手し、更に続行しようとしたが、控訴人の上訴によつて一時その停止を命ぜられ、更に控訴人が本件請求異議訴訟を提起したことにより、再びその執行停止を命ぜられて、現になお執行停止中である。従つてこの間時効の進行は停止していたというべく、控訴人のため本件家屋所有権取得時効が完成していないことはいうまでもなく、また前記判決で確定した被控訴人の本件家屋明渡請求権が時効によつて消滅したということもない。されば本件家屋所有権が控訴人に属するという控訴人の主張は、すべて根拠がなく、控訴人主張のいずれの事由によつても、本件債務名義中家屋明渡を命じた部分の執行力の排除を求めることはできない。

次に本件転付金二百円は、被控訴人が本件債務名義の滅失前、これにもとづく執行として適法に転付を受けたものであり、控訴人が本件家屋の所有権を有しないこと前に述べたとおりであつて、正当な強制執行によるものであるから、これを不当利得とすべき根拠はない。

また控訴人は、被控訴人の本件家屋所有権取得登記の抹消登記手続をすべきことを求めているが、被控訴人は前記のように売買によつて有効に本件家屋所有権を取得したのであり、またその後被控訴人が所有権を取得すべき事由がないことさきに述べたとおりであるから、この請求も理由がない。

かように述べた。<立証省略>

なお本件第一審記録は、再製前の当審記録とともに、今次の大戦中戦災を受けて焼失したものである。

三、理  由

控訴人と被控訴人との間に、控訴人主張のような債務名義があつたことは、当事者間に争いがない。

乙第一号証(真正にできたことに争いがない)と証人西直吉、滝正義の各証言とを合せ考えると、次の事実を認めることができる。

本件債務名義たる確定判決が成立した東京民事地方裁判所昭和十五年(レ)第五〇一号事件の訴訟記録は、控訴人が本件請求異議訴訟を提起したのち、その控訴審たる東京民事地方裁判所が本件記録(再製前のもの)とともに保管していた。そして同裁判所は今次の大戦に際し、東京都中野区の東京高等学校に疏開していたが、昭和二十年五月二十五日その建物が戦災に遭つたとき、右前者の訴訟記録は本件記録とともに焼失し、同時に右確定判決原本も滅失してしまつた。一方、被控訴人は控訴人に対する強制執行のため、右確定判決の執行力ある正本二通の付与を受けていたが、その一通は、控訴人が供託していた保証金差押のため裁判所に提出中、前記裁判所が戦災に遭つたとき焼けてしまい、他の一通は、本件家屋明渡の強制執行のため執行吏の許に提出してあつたが、昭和二十年三月十日執行吏役場が空襲を受けて焼けたときに、執行事件記録とともに焼失してしまつた。他に被控訴人が本件債務名義の執行力ある正本の付与を受けた事実はない。

かように認めることができる。他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

被控訴人に対し本件家屋を明渡すべき旨を控訴人に命じた本件債務名義たる確定判決原本は、既に滅失したわけであるが、かような場合に、右債務名義に債務者とされた控訴人が、なおこれに対する請求異議の訴を維持することができるかは、十分に検討してみなければならない。

債務名義が実在しなくなつた以上、その執行力も消滅したことは当然である。一方債務者が、債務名義の存在ないしその執行力の発生を争うためには、執行文付与に対する異議(民事訴訟法五二二条)によるべきであろう。しかし債務名義が確定判決である本件の場合に、かつてそれが有効に存在していたことはいうまでもなく、控訴人はその滅失前に、債務名義の内容たる請求に関し、実体上の原因にもとづいて、本件請求異議訴訟を提起したのである。そしてその滅失前に被控訴人に付与された執行力ある正本が、なお残存していることありとすれば、控訴人はこれによつて本件家屋明渡の強制執行を受けるおそれがあるわけである。執行機関としては、執行力の公証された正本が提出された以上、債務名義の執行力の存否を調査せずに、一応適法に強制執行を実施することができるからである。

されば債務者たる控訴人としては、債務名義が滅失したにかかわらず、滅失前に債権者たる被控訴人に付与された執行力ある正本により執行を受けるおそれがあるかぎり、本件債務名義の内容たる請求に関する実体上の理由にもとづく異議を主張して、その給付義務がないことを確定し、右の危険を免れる意味において、なお本訴を維持するに足る根拠ありとしなければならない。

しかしさきに認定したとおり、被控訴人が付与を受けた本件債務名義の執行力ある正本二通は、ともに滅失し、他に被控訴人が執行力ある正本の付与を受けたことはないのであるから、控訴人が現に被控訴人によつて本件家屋明渡の強制執行を受けるおそれは全くない、といわなければならない。してみると、控訴人は、さきに述べた意味においても、なお本訴によつて本件債務名義の執行力の排除を求めるについては、法律上の利益なし、というべきである。されば控訴人の請求中、本件債務名義中別紙家屋の明渡を命じた部分の執行力の排除を求める部分は、その余の主張事実について判断するまでもなく、失当として棄却すべきものである。

よつて次に、転付金二百円の請求について判断を与える。

被控訴人が本件債務名義(本件家屋明渡遅延による損害金の支払を命じた部分)にもとづく執行として控訴人主張の供託金二百円の取戻請求権を差押え、これについて控訴人主張の日に転付命令を得たことは、当事者間に争いがない。

控訴人は、本件家屋所有権は本来控訴人がもつており、被控訴人はこれを有していなかつたのであるから、被控訴人は控訴人に対しその明渡を求めることができず、従つて明渡遅延による損害金も請求することができなかつたにかかわらず、本件債務名義にもとづく執行により、控訴人のもつていた債権の転付を受けたのであるから、それは実体上の権利にもとづかない不当執行であつて、不当利得として返還すべきものである、という。しかし被控訴人が控訴人に対し、本件家屋明渡請求権を有し、昭和十五年四月二十三日から一カ月金二十円の割合の明渡遅延による損害金請求権をもつていたことは、本件債務名義たる東京民事地方裁判所昭和十五年(レ)第五〇一号事件判決の確定により、その最終口頭弁論期日たる昭和十六年六月六日(この日が最終口頭弁論期日であつたことは当事者間に争いがない)を基準として、適法に確定された事実である。されば控訴人が被控訴人に対し昭和十五年四月二十三日から右昭和十六年六月六日まで一カ月金二十円の割合の損害金支払義務を負つていたことは右確定判決の効力として、争うことを許されないことであり、その金額が合計二百六十円以上になることは計算上明らかである。被控訴人が得た本件転付金二百円は右合計額の範囲内であるから、被控訴人がこれを得たことは適法な権利行使によるものであつて、不当利得ということはできない。

なお被控訴人が本件転付命令を得たのは、本件債務名義滅失前のことであり、他に右執行を不当とすべき事情については、何の主張も立証もない。されば本件転付金二百円を不当利得なりとして返還を求める控訴人の請求は理由がない。

次に登記抹消の請求について。

まず控訴人は、本件家屋を片岡けんから買い受けて所有権を取得し、その後所有権を他人に譲渡したことはないとして、本件家屋の所有権保存登記名義人が控訴人の五男種谷清三とされている事情について云々するが、その主張事実を認めるに足る何の証拠もなく、また控訴人がその主張の日に清三から本件家屋の贈与を受けて所有権を取得したという点についても、何等立証がない。

また控訴人は、その主張するいずれかの時期に、本件家屋所有権の取得時効が完成したことを理由に、被控訴人に対し抹消登記手続をすべきことを求めるが、時効による不動産所有権の取得登記は移転登記の方法によるべきであつて、抹消登記を求めることはできないばかりでなく、控訴人の取得時効完成の主張は、次のとおり理由がない。

即ち、証人滝正義、西直吉の各証言を合せ考えると、被控訴人は控訴人に対し、昭和十五年六月頃所有権に基いて本件家屋の明渡を求める訴を東京区裁判所に提起し、仮執行宣言つきの勝訴判決を得て、これに基いて本件家屋の一部に対し明渡の強制執行に着手したが、控訴人の控訴申立によつて執行の一時停止を命ぜられ、更に被控訴人が得た控訴審の勝訴判決(本件債務名義)についても、控訴人の本件請求異議訴訟の提起によつて、執行停止を命ぜられたことを認めることができる。そして控訴人は、本件債務名義たる右判決確定後、請求異議の本訴を提起して、本件家屋を占有すべき権原(本権)の帰属を争つていることは、その主張自体で明らかなことである。してみると、控訴人がその主張のように昭和九年十二月二日以来現在まで引続き本件家屋を占有していたとしても、控訴人のいう右昭和九年十二月二日または昭和十三年五月二十日から進行したとする本件家屋所有権の取得時効は、いずれも昭和十五年六月頃被控訴人から本件家屋の明渡を訴求されたことによつて、少くともその判決が確定した昭和十六年十一月二十一日まで中断されたのである。そして控訴人が本件家屋の明渡を命ぜられた本件債務名義たる右判決の確定した昭和十六年十一月二十一日以後は、控訴人は本件家屋を占有すべき権原のないことを知りながら、不法にこれを占有していたことになるから、右判決確定の日を以て善意の占有による取得時効の起算日とすることはできない。ひつきよう、控訴人のいずれの主張によつても、控訴人が時効によつて本件家屋の所有権を取得したことにならないのである。

更に、本件家屋所有権はなお片岡けんにあり、控訴人も被控訴人もともにその所有権を取得したことはないという点についても、控訴人主張の事実を認めるに足る何の証拠もない。

されば被控訴人に対し、本件家屋所有権取得登記の抹消登記手続を求める控訴人の請求は、すべて前提要件を欠き、理由がない。

以上のとおり、控訴人の請求はすべて理由がないから、本件控訴(本件債務名義中家屋明渡を命じた部分の執行力の排除を求める請求及び金銭の請求)及び登記抹消の請求をすべて棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新村義広 入山実 石沢健)

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